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結局は三つ子の魂百までという話

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 こんにちは、歯という歯が爆発するという事態に陥り、硬いものが一切食べられない佐藤マーコです。
 みんな、歯は大事にしようぜ!
 
 さて、ブログの話題はなんにしようかなーって色々考えたのですが、今回は三つ子の魂百までというお話。
 多分、三歳か四歳ぐらいの頃だと思うのですが、姉と隣家のお姉さんと一緒にお絵かきして遊んでいた時のこと。みんなで大きな紙に思い思いに絵を描いていたのですが、描き上がった絵を見て隣のお姉さんが言ったんです。
「マーコちゃんが一番上手いね」って。
 お姉さんは多分私と姉より二つ三つ年上でした。そのお姉さんに、褒められたわけです。姉ではなく私が。
 子供って不思議ですよね。それだけで、それこそが自分の存在価値だと思ってしまうんです。
 
 その時から私は、一心不乱にお絵かきをし続けました。でも、当初からアニメが好きだったこともあり、描くのは女の子のキャラ絵のみ。ただそれだけを描き続け、描き続け、描き続け……気づけば中学生になっていました。しかも、周囲が段々アニメや漫画から離れていく中で、私だけがいつまでもアニメの話ばかり。でも描けるのは女の子の左向きの顔のイラストだけ。さらに、さらにはですよ! 中学卒業したら「Yアニメーション学院に行く!」と言いだしたのです!
 いやもう、その時の親の心境を考えると恐ろしいですね……。アニメしか見ない子供が高校にすら行かずアニメの専門学校に行くと言い出したのですから……。
 
 だからまあ、親としては苦肉の策だったのでしょう。中学に入って間もなく、私に「絵画教室に通っていいよ」と提案してくれました。絵画教室……なんだか素敵な響きです。もちろん飛びつきました。やっぱり、「絵が上手くなりたい!」という思いが強かったですから。
 そんなわけで、私はめでたく通い始めました。そこは個人の方がアトリエを開放してやっている教室で、ご夫婦で指導してらっしゃいました。
 生徒さんの年齢はバラバラで、小学生から大学生、少人数でしたが社会人の方もちらほら。
 で、ですね。その大学生の生徒さんは……みんな美大生なわけですよ。私は別世界の人たちだとばかり思っていたんですが、先生は絵だけではなく、教育や人生についても熱心に語る人でして。だから授業が始まる前は必ず先生のお話がありました。みんなにではなく、1人1人と向き合って。私がアニメ好きだということももちろん諒解していて、アニメを作るには、物語を作るには何が大切かを教えてくれたのです。何を学ぶべきか、勉強にはどんな意味があるのか、長い人生をどう組み立てていくか……。そうして、私に「美大へ通う」という目標を与えてくれました。
 
 いや、これ親の目論みだったんですかね……。今ではそうだったんじゃないかと思っています。
 
 とはいえ、私は普通に高校へ通うことになりました。レベルも普通です。何もかも普通の高校でした。
 だが……なんてこった、私勉強以外何もしなかった……!!!!!!!
 話し相手はいたけれど、友達って呼べるほど気を許した友達がいなかったっていうか……、オタクがいなかった。ほら、私ガチオタなんで。普通の女子高生と話しててもつまらなかったっていうかね! 子供だったから! 社交性ってものがなかったから!!!
 朝は1時間早く来て受験勉強してたし、休み時間は授業の復習をしてたし、部活は書道部だったけど、そんなに真面目に出なかったし、まあ浮くよね。
 
 青春とは。
 
 青春とはなんぞ。
 
 で、勉強してたっつっても熱心にしてたのは受験勉強だけだったんで、世界史で30点とか赤点ギリギリだったり。体育はやらないというよりは出来なかっただけですけど。
 高校に入ってからは絵画教室も週2回に増えて、先生に成績を報告してました。あ、そういえば私に小論文の書き方を教えてくれたのはこの先生でした。「あなたは100人に1人くらいの才能だね」って私に言ったのもこの先生です。100人って……めっちゃ凡人やん……。なんか、今になって沁みるなぁ。
 もっと色々なこと、できれば私の内面のことをもっと話せればよかったなと思うんですが、子供の頃は口下手というかコミュ障というか、自分の言葉を口にするのが上手くなくて何も話せませんでした。もったいなかったな……。
 
 それでも、私はなんとか美大に現役合格しました。
 けどその後闇堕ちしました(゜Д゜)絵画教室から逃げました。
 
 ここで一度挫折しました。
 
 数年の空白の後、アニメーターになりました。
 けど絵が描けなくなりました(゜Д゜)自分の存在意義を見失いました。
 
 二度目の挫折でした。
 
 描けなくなるって理屈じゃない。昨日まで出来ていたことが出来ない。もしかしたら、いきなり日本語が話せなくなるっていうのと似てるんじゃないかな。描けない。スランプ……だったのかな? わからない。描けなかった。
 それまで私がどんな絵を描いていたのかというと……。
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 この頃はなんとか男の子の顔もちゃんと描けたんですよ。
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 当時アメリカだかどっかの60~70年代ファッションデザイン集がお気に入りでした。
 そしてよくわからんが、女の子の顔を描くと異様に顔がバターくさい!
170915c.jpg
 これは写真の模写ですね。人物の他、動物の絵を描くのも好きでした。しかしメカは全然でしたね。

 こんな感じ。
 自分に才能があると驕っていた面もありますが、描けると言える程度には描けていたと思うんですよ。
 もう過去の話ですが。
 
 それでも創作の道からは離れたくなくて、シナリオライターになりました。
 今のところ文章が書けなくなるということはありません(笑´∀`)
 
 それでですね!!!! 聞いてください!!!!
 最近とある作品にめちゃくちゃハマりまして、居ても立ってもいられなくてそのキャラクターのお絵かきをするようになったんです。最初こそガタガタでへったくそだったんですが……この夏の自宅作業中、毎日のように絵を描いてたら……なんか昔の勘が戻ってきました!!!!!
 もちろんあの頃に比べれば格段に下手なんですけど、自分でも満足できるぐらいの絵が描けるようになったんです。萌えの力すげーな\(^O^)/
 なので数年前に消滅したと思っていたペンだこが復活しました! よう、久しぶり!
 あの十代の頃の、お絵かきがたまらなく楽しかった頃の気持ちがですね……蘇ってきたんですよ……!
 
「あ、私結局ここに戻ってくるのか」

 と、しみじみしております。
 お隣のお姉さん、元気かな……。
 
 ただ、心残りがありまして、絵画教室の先生に謝りたいんですが(何も言わずに逃げるように止めたので)、この前うん年ぶりにアトリエに行ってみたら廃墟になってました(´・ω・`)マジかよ……。
 そして私、先生の名前、上の名前しか覚えてないし、良くある名前だし、恐ろしいことに当時の見た目やお子さんの年齢(私よりずっと年上だった)から推測すると現在は70才を確実に越えていて、もしかしたら80才とかかもしれない。……つまり、生きているかどうかもわからない。
 で、もしかしたら母なら何か知ってるかもしれないのですが、いざ訊こうとすると胸が詰まってしまって何も訊けない……。だって……「今更お前がそんなことを訊くのか?」みたいな顔されたら辛いじゃん……。あと、やっぱり亡くなっていたらどうしようって怖いんですよね……。
 
 とはいえ、今シナリオライターやれるほどの常識を得ることが出来たのは、両親と先生のお陰です。ありがとうございます……(ノД`)
 
 こんな感じで、私の半生は絵と共にあったというお話でした。自分としてはそこそこ山あり谷ありの幸せな人生だったと思うのですが、どうなんでしょう?
 そしてこれからはずっと文章を書いていくけれど、そこに趣味の絵という楽しみがくっついていくと思っております。年を取るのは悪いことじゃないよ、楽しいこともあるのです。では!

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